急性散在性脳脊髄炎にかかったはなし⑤

急性散在性脳脊髄炎にかかったはなし④の続きです。

2016年4月中旬 トライアル期間

全然痛いの解消されへんやん…!!!

脊髄刺激療法のトライアルを始めて2日、早くも私の忍耐力は底をつき始め、1周間あるトライアル期間の半分すら過ぎていない段階で、もうこの治療法は違うと思いはじめていました。
あれだけ「痛みと向き合うのはもう嫌だ、これが最後」と思っていたのに、その思いすら覆るほど変化のない状況に絶望さえ覚えました。

痛みに刺激を被せることで、痛みを紛らわせるこの治療法。
期待とは裏腹に実際の痛みの存在がでかすぎて全く紛らわすことが出来ず、むしろただただトントントントンとウザい振動が私の体に伝わるばかり。
ピンポイントで痛いところに「おーいこっちでトントンやってるよ!」と言わんばかりに執拗に振動されるので、まるで足つぼマッサージで悶絶している最中に軽いデコピンを連発されているような、そんなウザさがありました。

しかも私が一番痛みを感じてた場所が胸付近だったこともあり、電気刺激によるトントンが、ものすごく動悸の感覚に近くて、実際ここまで激しい動悸を起こしていないにも関わらずすごく息が上がっている気がして、無駄に息苦しかった覚えがあります。
なので刺激の調整をする時以外は自分でオンオフのできるリモコンを使ってほぼスイッチを切っていました。
このリモコンが信じられないほどダサかったのも気に入らない要因のひとつでした。

絶妙にダサいリモコン

地獄みたいな状況を脱したいが為に始めた治療だったのですが、思っていた結果が得られず悲しい&悔しい気持ちでぐちゃぐちゃになりました。
慣れ親しんだ環境を離れてすぐのことだったこともあり、心身ともにこの頃が入院生活で一番しんどかったです。
人生で最も心がすさんだ時期でした。

結局1周間の猶予期間を待たずして、トライアルは中止をし、本埋込をすることはありませんでした。

※脊髄刺激療法のことをめちゃくちゃにディスってますが、患者さんによってはすごく力になった治療法でもあるので、決して悪いものではありません。私の場合は合わなかっただけなのであしからず。

ふりだしにもどる

本命だと思っていた脊髄刺激療法がおじゃんとなってしまった私に残っている治療方法は服薬治療のみでした。
また薬か…と重い気持ちになったことを覚えています。

前の病院でさんざん神経痛に効くとされている薬や漢方を飲んできたので、今更また薬を探すことから始めるのかと思うと、もういっそのこと諦められるなら諦めて〜な〜とさえ思いました。

疼痛科の先生いわく、神経痛は人それぞれ違う痛みを負っているからどのような痛みなのかが理解しづらいので、痛みの中でも治療が難しいとおっしゃっていました。
メンタル的な面が影響することもあるので、一概に痛み止めを飲めばいいということでもないそうです。

ひとまず先生が行ったのは、背中に刺さってている局所麻酔の撤去でした。
先生的にこの麻酔は神経痛に効いていないし、何より挿しっぱなしはリスクが高すぎるから絶対今抜く、とのことでした。
正直この麻酔が定期的に体に流れることが多少心の拠り所でもあったので、抜かれてしまうことにものすごい不安がありました。不安すぎてハゲそうでした。
しかし先生のおっしゃることも、もっともなので納得する他無く、諦めて抜いてもらいました。

局所麻酔撤去と並行してその当時服用していたお薬の精査をはじめました。
どんなラインナップで飲んでいたかは覚えていませんが、数種類の痛み止めを同時に服薬していました。
ぶっちゃけこんなにいろんなの飲んでたら、仮にどれかが効いていたとしてもどれが効いているかわからんでしょ、とのこと。
それはそうだけど、今まで順々に飲んできて効かなかったから今更精査しても…と内心では思いました。
けれどそれ以外の方法は現段階では見当たらないので、先生を信頼して治療方針に従うことにしました。

まず、一旦ストップすることになった痛み止めは、ロキソニンやトラマールといった 解熱鎮痛薬だったと思います。
痛みの原因が神経痛だったので、まずこういったお薬は効果がないだろうといった判断でした。
結果残ったのが「リリカ」「サインバルタ」といった神経痛にはコレ!と言われる代表的なお薬でした。
しっかり王道を試しつくそうということで、いつも飲んでいる量より多めに服用することになりました。

一回のお薬の量。おかげで薬を飲みこむのが凄まじく上達した。このくらいなら一度で飲み込める。

その頃、絶賛寝たきり状態だった私でしたが、当時入院していた病棟の看護師さんから、「痛いだろうけど一日1度でもいいから、ギャッチアップ(ベッドのリクライニング)頑張って起こしていこう」という提案がありました。
と言うのも、疼痛科に入院してきた日に、看護師さんから目標を聞かれる機会があって、その時「ベッドから離れて車椅子に座れるようになりたい」と言っていたのです。
あまりに絶望する時間ばかりが増えていたので、目標のことが薄れ出していたのですが、この提案のおかげで少しだけ向上心が復活してきた気がしました。

とは言えいざやってみるとやっぱりめちゃくちゃ痛くて初めは一日3度上げて数分キープが限界だったかと思います。
しかし、まったくギャッチアップができない自分にだんだん腹が立ってきて、半ば強引に10度近く起こすこなどセルフ荒治療をするようになりました。
私の中に眠っていた負けん気に火がついた瞬間だったのかもしれません。

そんなことを続けていたある日、この辺りから痛みが明らかに以前よりましになっていることに気が付き始めました。
そう、薬が効き始めたのです!

あんなに効かなかったのになんで突然…!という疑問を残しつつも、そうと分かればとにかく中でも最も効いたと思われる「リリカ」を1日150mg服薬していたところをマックスの600mgまで増やし様子を見ることになりました。
すると効果はてきめん…!今までのは何だったんだというくらいみるみる痛みが和らいでいったのでした。

なぜリリカがここまで効いたのかと言うと、単純に服用量の問題でした。
という事は前の主治医の先生がちゃんと適した量を出さなかったのがいけなかったんだな。となりそうですがそうとも言えず、疼痛専門でこういった薬によっぽど詳しいくないとここまでの量のリリカを処方するのは怖くてなかなか出来ないと疼痛科の先生に教えてもらいました。
確かに、主治医の先生はじめ、どこの処方箋薬局の薬剤師さんの反応を見ても、この600mgはおったまげーな量みたいです。

疼痛科の先生曰く、自分の患者でこんなにリリカが神経痛に効いたのは始めてだったらしく、リリカをテーマに学会で発表したそうです。笑える。

痛みが和らいでいくにつれ、わたし自身本来のやかましさを取り戻すことができ、そのときはみんなとても喜んでくれました。

ちなみに量こそグッと減りましたが、現在もこのリリカを飲み続けてます。
まだ神経痛は残っていて、薬をゼロにすることはできていませんが、地獄の頃の痛みを忘れる程度のお付き合いが出来ています。

そんなこんなでなんとか念願の痛みとの決別に震えて泣いていたのもつかの間、その後すぐに再び地獄を見ることになるのでした。
そう…リハビリテーションという地獄が…。キャーッ!

今回はここまでです!

それでは〜!

【この話の続きです】
急性散在性脳脊髄炎にかかったはなし⑥
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