急性散在性脳脊髄炎にかかったはなし⑨

急性散在性脳脊髄炎にかかったはなし⑧の続きになります。

回復期のリハビリ入院は5月の初めから10月の初めまでの6ヶ月間に及びました。
出来る限りの回復をするべく現在の医療制度で入院できる期間のギリギリまで病院に居座りました。
ぶっちゃけ毎日1時間前後のリハビリを3回もするのはめちゃくちゃ面倒くさかったし、病院のご飯には飽き飽きしていたし、お風呂は週2だから髪の毛はべちゃべちゃだったしで、とにかく早く退院したいと常々思っていました。

同室の女の子

入院が3ヶ月たったある日、私の居た二人部屋に同い年の女の子が入院してきました。
90歳のルームメイトが出ていったっきり、おひとりさまを満喫していたので少し残念だな〜なんて初めは思っていました。

女の子はSちゃんと言って、お産で力んだときに脳の血管が切れて脳出血になり、その後遺症で手足麻痺が残ったそうです。ヤバスギ。
Sちゃんは見るからにギャルで、正に今どきって感じの女の子で、入院当初は脳麻痺のせいか言葉もほとんど発さずにぼーっとしていたので、この子はきっと人見知りタイプのギャルだなと勝手に思っていました。

それから数日がたったころ、Sちゃんのご主人と生まれたての赤ちゃんが病室に遊びにやって来ました。
ご主人は、シュッとした男前で気さくないいお兄さんといったかんじ。
一緒にいた赤ちゃんは、まだ生後1ヶ月ちょっと本当の生まれたてホヤホヤのそれはそれはかわいい玉のような男の子でした。
まだ表情の乏しかったSちゃんが赤ちゃんを見た瞬間自然と笑顔になったのが印象的でした。
麻痺で赤ちゃんを抱っこできないので、自分のベッドに寝させてツンツンとほっぺたやら触っている姿を今もよく覚えています。

ほほえましいような切ないような気持ちになった

そんな彼女と同室になって1ヶ月たったころ、徐々に自然なコミュニケーションも取れるようになり、いろんな浅〜い話をするようになりました。
今のジャンプではあれが好きだとか、ジャニーズだと誰々がタイプだとか、あの理学療法士は生理的に無理だとか、そんな話です。(二人とも口が悪い)
同郷でしかも弟が知り合い同士という偶然もあって、何かと話題には困りませんでした。

Sちゃんの回復は驚異的でした。
気づいたらいつの間にかお喋りになってよく笑うようになりました。
初めのころとのギャップに、めっちゃ喋るやんwって思わず言ってしまった気がします。
麻痺していた手足もみるみる良くなっていって、作った装具もすぐに使わなくなっていました。
自分の成長が如実に分かり始めると、しんどくて退屈だったリハビリは楽しくなって苦にならなくなるようです。
彼女も以前にもまして真摯に取り組んでいるようでした。

その姿を見て単純に凄いな〜と思う半分、いいな、羨ましいな、とつい思ってしまいました。

♪床・トラ・トラ

メキメキ回復をしていくSちゃんとは対象的に、私の方は苦戦を強いられていました。
一向に進歩しない立位と歩行に焦りと不安を感じ、いつからかよく夜中一人ベッドで泣いてしまうという精神状態に陥っていました。

そんな中、私をより追い込んでいたのが、床トランスファーでした。

床トラとは
床トランスファー、通称床トラと略して呼ばれたりする。
その名の通り床から車椅子、ベッドなど主に上半身のみで乗り移る行為。
これが出来ると出来ないのではADLの質はウンと違ってくる。
すなわちせきそんズには習得必須の技である…!

 

これが全く出来ない。
もうどうにもこうにもなんとしてもできない。

参考になる限りの動画を真似してみたけど全然できない。
出来る気もしない。

これには担当PTさんも焦っているようでした。
どうにか工夫して何とかならないかいろいろ試行錯誤をしましたが、百発百中といった成果は得られず…。

足が動かず体幹が効かずの状態で床から浮き上がって椅子に座るという行為の難しさを甘く見ていたつもりはありませんが、思っていた以上の出来ない自分にがっかりしました。(自称運動できるタイプのせいもあって)

そんな私を見かねて、ある日ベテランPTさんが脊損になって10年にもなる男性を病院に連れてきてくれました。
その方は私より障害が重く片腕は痙縮していましたが、アパートで一人暮らしをされていて、車の運転などもお茶の子さいさいといった風でした。
その日は脊損での生活の話などをお聞きし、最後に床トラのお手本を見せてくいただけることに。
そして実際に床トラを見せていただいてもうびっくり。

け、肩甲骨おばけや…。(心の声)

長座で床に座った状態で、その真後ろに車椅子を設置し、両手で車椅子のフレームつかみ、そこから一気にエビのように後ろへぴょーん!
その身軽さにも驚いきましたが、何よりも肩甲骨の可動域におったまげました。

え?何その動きヨガマスターかなんかなの?肩甲骨ってそんなえげつない感じになんの?正直全然参考にさせていただけないのですが。
と言いたくなりましたがグッとこらえて心にしまいました。

肩甲骨の硬さが折り紙付きの私には全く現実的じゃない方法だったので、担当PTさんも「これは無理だ…」と思ったそう。

そんな正直引いてる二人の横でベテランPTさんが「〇〇さんは、古澤さん(旧姓)よりも障害が重いのにこんなことまでできるんやで!」と一言。

いやいやいやいや…それ…今この瞬間この世で一番いらん一言っっっっっ!!!!

私だけかもしれませんがこの手の言葉は色んな人から掛けられるけど、まじで無駄な一言!
出来なくて苦しんでいる人にそんな言葉よくかけられるな!
言われなくても本人が一番感じてるはずなのに!
当事者(この場合脊損の人)から言われるならまだ「くっそーでもその通りだな」と喝を入れられた程度で捉えられますがそうじゃない人から言われると普通に腹が立ちます!
てめえが言うなと!

そのときはモヤモヤしながら、すごいですね!頑張ろ!なんて返してましたが、心の中では「それ言って何になる」と思っていました。
だから君もできるよがんばれ!とエールのつもりで言ったのは重々承知ですが、正直今後一切言わないでほしいですね。

ちょっと思い出してイラっとしてしまいました。
ベテランPTさんはとってもいい人です。(説得力)

とまあそんなこんなで結局お手本を見せていただいても床トラはなかなか習得できず、刻一刻と退院の日は近づいていくのでした。

今回はここまでです!
ちなみに「♪床・トラ・トラ」はMAXのやつを当ててもらって読んでもらえると幸いです。
それでは〜。

【この話の続きです】
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